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第14回:「全然記憶にない」プロ初勝利

◇開幕から2カ月
プロ3度目の先発登板で初白星をつかんだ稲尾

 稲尾のプロ初勝利は開幕からちょうど2カ月がたった5月20日の高橋戦(川崎)だった。初登板からジャスト10試合目。プロ3度目の先発登板でうれしい初白星をつかんだ。5回を投げ、打者17人に許したヒットはわずか1本。無失点投球で勝利投手の権利を得ると、開幕試合とは逆パターン、今度は先輩河村の救援を得て、記念すべき1勝を手にした。

 「プロ初勝利のこと? 今思い返しても全然記憶にないんだよなあ。開幕戦からずっと投げていたしね。川崎球場での高橋戦というのは記憶にあるんだが、どういう投球だったとか、勝ててうれしかったとかいう記憶がない。その時代は勝利投手という意識が薄かったのかなあ。チームが勝利したという喜びはあっても、今のようにプロ初勝利で騒ぐというようなことがなかったような気がする」。

 50年前に記した記念すべき鉄腕の「第1歩」だが、稲尾は何度も首をかしげながら苦笑いを浮かべるだけだ。ただ、初勝利で1つの殻を突き破った後の出来事については明快に覚えている。ライバル畑との白星合戦に闘志をむき出しにしていたからだ。

◇3日後2勝目

 「先に畑の方がプロ初勝利を挙げていたし、何とか畑に追いつきたいとは思っていた。すでにオレの初勝利の時は畑は3勝くらい挙げていたから『よし、ここからだ』と思って、投げたからね」。

◇6月まで8連勝

 5月23日の東映戦で2勝目(中継ぎ)、31日の毎日戦で3勝目(中継ぎ)を挙げると、6月6日の地元平和台の大映戦で先発登板し、7安打2失点のプロ初完投勝利をマーク。21日には近鉄をたった1安打に封じ込んで、これまたプロ初完封勝利を手にした。27日の毎日戦(完投勝利)まで無傷の8連勝だ。堂々の主力投手の仲間入りを果たした。6月28日の毎日戦(中継ぎ)で初黒星を喫したが、7月前までに22試合に登板して8勝1敗の好成績を収めた。7月も無傷の3勝。正念場の8月からは稲尾の登板はさらに加速度を増した。8月は12試合に登板、5度の先発の合間を縫って7度もリリーフ登板。さらに優勝争いが佳境となった9月はマウンドに18度も上がった。6度の先発に12度のリリーフである。

 「とにかく1年目は夢中で投げたという記憶しかない。自分の勝利というような執着はまったくなかった。ただ、自分が勝つということは、チームが勝つということだから。必死で投げたという記憶しかない」。

 運もあった。「四天王」と呼ばれた川崎、大津、河村、西村の先発4本柱がこのシーズンは不調。ライバル畑もシーズン途中には故障で戦線離脱してしまった。そんな中ですい星のように稲尾は登場した。

 三原監督は言った。「彼の体からきらめきが発光していた」と。【佐竹英治】

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