ノーサインで長嶋封じに成功
◇感性には感性
稲尾の稲尾による稲尾のためのシリーズが再開された-。と、こういったら言い過ぎだろうか…。
仕切り直しとなった第4戦から文字通り、稲尾の大車輪の活躍が始まった。
第4戦 1、3戦に続いて中1日で稲尾は先発マウンドに上がった。2回までに3点を許したが、3回に西鉄打線が反撃。高倉のタイムリーなどで3点を挙げ同点とすると、中盤に豊田の2打席連続本塁打などで3点を加え6-4の逆転勝ち。稲尾は10安打を許しながら完投勝利。西鉄がようやく一矢報いた。
◇サヨナラ弾!
この試合がターニングポイントとなった。確かに稲尾の投球内容は好調とはいえなかった。だが、前日考えた長嶋封じには大きな手応えを感じ取った。
「普通の打者なら、いろんなことを考えると思うんだ。例えば、配球にしても前の球が変化球だったから、今度は直球とか。またその逆とか。でも、マウンドから見る限り、長嶋さんにはその気配すらない。とにかく来た球を打つ、というか、本当に感性で勝負する。だから長嶋さんのときは4戦目からノーサインにした」。
2ケタ安打を許したものの、第4戦で稲尾は長嶋を3打数ノーヒットに抑えていた。ようやく1勝した。とはいえ、窮地は変わらない。そして第5戦。稲尾は投げて、打った。
◇「ベース踏め」
第5戦 さすがに西鉄の先発は稲尾ではなく西村が務めた。だが、いきなり初回に3点を献上し、ベテラン投手はKOされた。西鉄打線は6回までゼロ行進。敗色濃厚の雰囲気の中、稲尾は3番手で4回から登板。すると7回、流れが西鉄に傾き出した。中西の2ランが飛び出し1点差。土壇場9回裏に関口の値千金の中前タイムリーで試合を引き戻すと、続く延長10回裏。1死走者なしから稲尾が左翼席へ本塁打を放った。稲尾は7イニングを1安打無失点に抑え、勝利投手と起死回生のサヨナラ弾も放った。
「ホームラン? あれは1、2、の3で打っただけだよ。まさかホームランになるとは思わなかった。ただ当たりは良かったから長打にはなるかな、と思って必死で一塁ベースを回ったら、二塁の審判が手を回しているのが見えた。それからは宙に浮いているような感じでダイヤモンドを1周したな。三塁前でベースコーチの中谷さんが『ベースを踏め!』と叫んでた。ホーム前では(中西)太さんが待っていてね。三原監督もいて、三原さんがおれの足を握ってホームベースを踏ませたんだよな。今考えると、まさに夢心地やったなあ」。
殊勲の本塁打の話題になると、稲尾は何度も手を振って苦笑いを浮かべるが、2勝目を手にした西鉄のドラマチックな幕切れは栄光のフィナーレへと続く。もちろんそれは稲尾の右腕によって、である。【佐竹英治】
