土壇場で初めて三原監督に反発
◇シリーズ第6戦
西鉄ががけっぷちに立っていることには変わりない。2勝3敗。第5戦に稲尾のサヨナラ本塁打で勝利したとはいえ、ライオンズが徳俵に追い込まれた状態は同じだ。だが、自らのバットで暗雲を払いのけると、稲尾はマウンドでもまた豪快な投球を披露した。
「あのシリーズの中で第6戦というのはあまりクローズアップされていないけど、投手稲尾としては、あの日本シリーズの中で、最も大きな経験をしたゲームだったと思う。稲尾のその後にとってどれだけ大きな体験になったことか。第6戦での投球はピッチャーとして一番だったんじゃないかな」。
第6戦 試合開始前にちょっとしたハプニングがあった。西鉄が先発メンバーが予告と違う選手を起用したため、巨人水原監督がクレームをつけ、試合時間が40分ほど遅れた。巨人の先発投手は藤田。西鉄の先発は稲尾。1、3戦に続きシリーズ3度目のエース対決である。初回、いきなり西鉄が先制。2死から敵失で出塁した豊田を一塁に置いて4番中西が2戦連発となる先制の2号2ランを放った。2点をもらった稲尾の投球は抜群だった。4連投となったが巨人打線を寄せ付けない。2点を失った巨人藤田も2回以降は立ち直り、両軍0行進が続いた。稲尾はとうとう8回まで巨人打線を完ぺきに抑え、2点のリードを保ったまま9回2死まで来た。
「これで終わったと思った。今考えてみると、やはり投手というのはいろんな宿命を負わされているのだなあ、と思う。その宿命の中でどう対処していくか。これが大きく成長するための課題なんだな」。
◇指示は長嶋敬遠
9回裏2死。巨人打線を散発3安打無失点に封じ込んでいた稲尾に思わぬピンチが訪れた。2者連続して味方の失策で出塁させてしまう。いきなり9回裏2死一、三塁の大ピンチである。そして打席にスーパールーキー長嶋を迎えた。一打同点、1発が出ればサヨナラ負けとなる。三塁側ベンチから三原監督が出てきた。「長嶋敬遠」の指示だった。「1度あきらめたシリーズじゃないですか。長嶋と勝負しましょう」。稲尾は初めて知将に反発した。ベテラン日比野捕手が稲尾に聞いた。「何で勝負する?」。とっさに口をついたのが「シュート」だった。
◇3球目シュート
バッテリー間で3球勝負を確認した。1、2球は外角。そして3球目が内角へ食い込むシュートで打ち取るというものだ。1発のある打者に対して内角球勝負は大きなリスクを伴う。だが、稲尾は最も自信のあるシュートで勝負することを決めた。そして見事に長嶋のバットを詰まらせ捕邪飛に仕留めた。
「あの時の長嶋さんとの対決は『逆算の投球』と、のちに呼ばれたりもしたが、シュートで打ち取ったことももちろんだが、あのピンチ、窮地の場面でいかに自分が冷静になれたか、ということが大きい。走者にしてもエラーで出したもの。自分がヒットを打たれたのなら気持ちの解決もつくが、そうじゃない。だが、あの時は味方のエラーを引きずることもなく、目の前の長嶋さんと対決できた。そこが大きかったんだ」。
稲尾はシャットアウトで巨人を倒し、ついに星を五分に戻した。いや、逆王手をかけた。【佐竹英治】
