今考えても不思議な1年
◇6試合目の登板
起死回生のサヨナラ弾、そして完封劇…。稲尾の大車輪の活躍で逆王手をかけた。西鉄の勢いを、巨人は止めることができなかった。最終ゲームはまたしても「鉄腕」が立ちはだかりライオンズに3年連続の栄光をもたらした。
第7戦 西鉄先発は稲尾だ。第3戦から5連投。2戦を除いてこのシリーズ6試合目の登板となった。初回で勝負は決まったと言っていい。いきなり主砲中西が3試合連続となる先制の3ランを放った。5回にも2点、8回にも1点を加え、巨人を6-0と突き放した。稲尾は8回まで巨人打線を零封。第6戦に続く連続シャットアウトペースだったが、9回裏に長嶋にランニング本塁打を許し1失点。楽々と完投し、またしても胴上げ投手となった。
◇「おお、神様!」
●●●から○○○○。シリーズ初となる3連敗からの4連勝。奇跡のシリーズはまたしても稲尾の右腕で完結した。それも4連勝すべて稲尾が勝利投手となった。3完投にロングリリーフ。半世紀を経た今も、このとてつもない記録は破られることはない。たぶん、今後も稲尾以来という「奇跡」は起こらないであろう。「神様、仏様、稲尾様」-。三原監督もファンもそう呼んだ。鉄腕の称号とともにプロ3年目は、またまたとんでもないことをやらかした。
昨年暮れのことだ。稲尾は東京都内で行われたあるパーティーに顔を出した。宴会には小泉純一郎前首相の姿もあった。会場に入った稲尾を見つけた小泉前首相は「おお、神様!」と言いながら稲尾の両手を握ってきた。とうに還暦を過ぎた元首相にとって、少年期の絶対的ヒーローの存在感は今でも強烈な光を放っているに違いない。
◇「オヤジの写真」
「7戦目は5連投。もうここまで来たら投げるしかない。確かに疲れはあったけど、中西さんがいきなり3ランを放ったこともあって、展開的には楽に投げることができた。最後はミスターにランニングホームランを打たれてしまったけど、点差もあったし、6戦目の勝負で抑えていたし、悔しさというのはなかった。それにしてもあの年は今考えても不思議な1年だった。シリーズの3連敗後の4連勝もそうだけど、大逆転のペナント制覇もそう。まさに奇跡だろ。個人的にはオヤジが2月に死んで、それから夏にオレの枕元にオヤジが出てきて…。オヤジの写真を入れたペンダントをしたら勝ち始めて、日本シリーズ前になくしたと思ったら、また出てきて4連勝。今でもあの年は何だったんだろうと不思議な気持ちになるんだな」。
稲尾はシリーズのMVPを獲得した。鉄腕が「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれたこの年、巨人には早実から王貞治投手が入団。稲尾が少年時代からあこがれだった「打撃の神様」巨人川上がシリーズを最後に静かにバットを置いた。【佐竹英治】
