「錯覚」が生んだ63年オフの空白
◇第6戦好投
63年に西鉄は5年ぶりのリーグ優勝を果たした。これがライオンズにとって最後のリーグVとなるのだが、同時に稲尾の栄光の時代にある意味ピリオドが打たれた時でもあった。日本シリーズは巨人との対決となった。西鉄が3連覇を果たした時とは巨人もチームががらりと変わっていた。ONがどっかと主軸に座り、川上監督が指揮を執った。結果は○●●○●○●。3勝4敗で4度目の日本一に輝くことはなかった。稲尾は開幕戦に先発し、ソロ本塁打1本の散発6安打完投で白星を手にした。第3戦は5回8安打7失点のKO。王手をかけられ迎えた地元平和台での第6戦は2安打に封じ込み6-0の完封勝利。エースの意地のシャットアウト劇で最終戦まで持ち込んだ。稲尾はシリーズ2勝1敗。連投にも耐え、必ずチームに白星を運んできた「鉄腕」なら最終戦も見事に飾ったろう。だが、4度目の栄冠をつかみ取ることはできなかった。最終戦に先発した稲尾は4回途中6安打6失点とノックアウトされ降板。チームは4―18という大敗に終わった。
◇巨人王封じ
「日本シリーズの第6戦ですごいピッチングをして、自分自身でも肩は治ったと錯覚したんだな。あのシリーズはワンちゃん(現ソフトバンク王監督)との対決もあった。1本足打法を封じるために、いろいろとタイミングを外すことなどを考えて臨んだ。ワンちゃんは投手の踏み出す足を見ていることが分かったので、ワンテンポ遅らせて踏み出した。ワンちゃんは抑えたんだけどな。シーズン後半に覚えた肩の痛みもなくなっていたし、自分では錯覚してしまったのかもしれない」。
シリーズ後にも多少、肩の違和感は残っていた。だが、稲尾はシリーズ第6戦での好投があっただけに自分自身で不安を取り除いてしまった。本来ならシーズン中にも治療に専念するほどの状態だったにもかかわらず、V戦線を走ったチームのために投げ続け、シリーズでも栄光よ今1度、という気持ちでマウンドに立った。誰でも過去を塗り替えることはできない。だが、今でも稲尾が悔やみきれないことは、この年のオフに治療を怠ったことだった。この年のオフ、稲尾は航空会社の招待旅行で巨人長嶋、王、南海野村とともに欧州に出かけた。「錯覚」の原因はこの欧州旅行にもあった。現地で風邪をひき、旅先のホテルで熱にうなされた。暮れから翌年の自主トレ開始まで体のだるさが続いた。風邪が治り切っていないのだろうと思ってしまった。翌年のキャンプイン。肩に引っ掛かりがあった。投げられない日が続いた。
◇欧州で風邪
「キャンプが始まって投げられなかった。前の年の11月からキャンプまでの3カ月の間にちゃんと意識して治療しておけば良かった。今でも思うけど、そうすればシーズンを棒に振ることはなかったのではと思う」。
“空白の3カ月”を埋めることはできなかった。キャンプで肩に異常を感じた稲尾はようやくオープン戦中に治療に出向いた。時すでに遅し、だった。64年シーズン、稲尾はプロ入り最大の屈辱を味わった。【佐竹英治】
