「稲尾記念館」オープン

- ブロンズ像除幕式で投球フォームを見せる稲尾
10月2日
昨年10月の竣工式から1年、私の故郷に別府市民球場と、併設の「稲尾記念館」が完成しました。私も落成記念式典に参加してまいりました。「稲尾記念館」には私の現役時代のユニホームやスパイク、表彰盾やトロフィーなど、約90点を展示しています。西鉄時代の写真パネルも数多く飾られています。稲尾和久という投手個人もそうですが、西鉄ライオンズという輝かしい歴史を持つ球団が形として後世に残ることはうれしい限りです。別府市をはじめ、地元の有志の皆様のおかげでオープンできましたこと、心より感謝申し上げます。

- 稲尾記念館には数々のトロフィーや記念盾が展示されている
別府市民球場は、両翼100メートル、中堅122メートルと、九州でも最大級の広さをほこります。総工費は8億円を超えたと聞きます。球場玄関でのテープカットの後、グラウンドに足を踏み入れると、想像していた以上の広さに驚きました。甲子園を目指す球児を念頭に設計されており、ファウルグラウンドは甲子園球場と同じ面積です。センターのスコアボードを見上げると1958年(昭33)10月21日、後楽園球場でのスコアが再現されていました。3連敗の後の4連勝で3年連続日本一に輝いた「西鉄6-1巨人」の試合です。あれから49年。がむしゃらに投げ続けた21歳の若者も「記念館入り」する年齢になったのだと感慨にふけりました。

- 球場入り口には稲尾の投球ホーム連続写真を掲示
ここを拠点として、少年野球を中心に選手育成のサポートができればと考えています。幼かった私が野球選手のユニホーム姿を見て抱いた「かっこいいなあ」という憧れが、いまの少年たちにもこの球場をとおして芽生えてくるとうれしいですね。ここで野球を見て、あるいはプレーして、いずれプロ野球で活躍する選手を1人でも輩出できたなら大成功だと思っています。記念館、球場へ足をお運びのお客様はぜひ、お子様連れでどうぞ。
<稲尾記念館> 開館時間=午前9時~午後5時(10~3月。4~9月は午前8時30分~午後7時)休館=12月28日~1月3日、入館無料、住所=大分県別府市実相寺 別府市民球場内、電話=0977・21・6150
「故関口氏を偲ぶ会」

- 元西鉄選手の「故関口氏を偲ぶ会」が福岡市内のホテルで行われ、訪れたソフトバンク王監督が献花する
7月20日
6月9日にお亡くなりになった元西鉄外野手で近鉄の監督も務められた関口清治さんをしのび「故関口氏を偲ぶ会」が福岡市内で開かれました。10日の葬儀はご遺族を中心としたものでしたので、今回は西鉄OB会が呼びかけ会を開きました。オールスターを欠場して休養にあてていたソフトバンク王監督も出席していただくなど、100人以上が関口さんとのお別れに集まりました。私が司会を務めましたが、陽気な関口さんのことですので明るくお別れしたほうがよいかと、悲しみをこらえて進行しました。「仏の関さん」と呼ばれていた本当にやさしい先輩でした。せめてもの恩返しにと開いた会を無事務める事ができ、ホッとしています。関口さん、やすらかにおやすみください。私もいずれ先輩たちのもとへ参りますが、健康に気をつけてもう少しだけ頑張らせていただきます。
板井文雄さん制作の銅像、ひな形ほぼ完成

- 彫刻家・板井文雄さんが制作中の稲尾の銅像。ひな形がほぼ完成した。今秋、開場する「稲尾記念球場」に併設される記念館に設置予定
6月12日
今秋別府市に「稲尾記念球場」の愛称で別府市民球場が開場します。記念館も併設されますが、そこに稲尾の銅像が立ちます。銅像を制作している大分市在住の彫刻家・板井文雄さんが、日刊スポーツ西部版で取り上げられましたのでご紹介します。
「鉄腕」が再びよみがえる-。プロ野球・西鉄ライオンズのエースとして活躍した稲尾和久氏(69=日刊スポーツ評論家)の往年の投球フォームの等身大ブロンズ像を制作している大分市在住の彫刻家・板井文雄さん(57)が6日、ほぼ完成に近づいた銅像のひな形を公開してくれた。稲尾氏のブロンズ像は今秋、別府市内に開場する「稲尾記念球場」に併設される記念館に設置されるもので、高さ175センチ。通算276勝を挙げた不滅の大投手の力感あるピッチングを本物そのままに表現している。
関口清治さんがお亡くなりになりました

- 1958年、西鉄時代の関口清治さん(右)と(左から)大下弘さん、豊田秦光さん、中西太さん
6月10日
プロ野球の世界に入ったときからお世話になった西鉄の先輩・関口清治さんが、9日お亡くなりになりました。関口さんは私の12歳年上、81歳でした。突然の訃報でした。残念でなりません。私を本当にかわいがっていただきました。私が「神様、仏様」など呼ばれるのは1958年の日本シリーズ第5戦で延長10回サヨナラ本塁打を打ったからですが、それも関口さんの9回2死からの同点打があったからこそ。私が野球をはじめたのも、関口さんが4番を打っていた別府星野組にあこがれたからです。心からご冥福をお祈りします。関口さんの亡くなった翌日の6月10日、私は70歳になりました。若き日は屈強な肉体を誇った野武士軍団も、旅立たれる方が出てくる年齢になりつつあります。悲しみに包まれると、健康の大切さを痛感します。70代も、健康第一でがんばります。

- 1982年近鉄春季キャンプでの関口清治新監督、右は近鉄のルーキー金村義明
関口清治さんは、1925年(大14)10月9日、台湾生まれ。48年テスト生として巨人入団。社会人野球の別府星野組を経て、50年西日本パイレーツ(51年西鉄クリッパーズと合併し西鉄ライオンズとなる)でプロ復帰。西鉄時代は主に外野手、5番打者。62年阪急に移籍し翌年現役を引退。現役通算1532試合で1298安打、166本塁打、731打点。打率は2割6分4厘。オールスター5回出場、ベストナイン2回。また82、83年に近鉄の監督として115勝122敗23分け。
「フェリーさんふらわあ」名誉船長に任命される

- 「フェリーさんふらわあ」の名誉船長に任命され、花束を受け取る稲尾
6月6日
福岡市内のホテルで「フェリーさんふらわあ」の名誉船長任命式がありました。私は子どものころから漁師だった父の手伝いで別府湾に出ていました。父は私を漁師にしたかったのですが、まだ子どもだった私にはそんな気はありません。長さ4~5メートルほどの木造の伝馬船を漕いでいると、関西汽船の客船をよく見かけました。大きな船の乗組員になりたい、そしていつかは船長にと憧れたものです。任命式での船長服姿はさすがに恥ずかしさがありましたが、みなさんから「似合いますよ」と声をかけていただき、その気になってしまいました。大阪、神戸のかたがたはぜひ、湯の町別府、城下町大分へ「フェリーさんふらわあ」でおいでください。名誉船長としてさっそく宣伝させていただきました。
プロ野球開幕戦 ラジオ解説
3月24日
いよいよ球春到来。RKB毎日放送で野球解説をします。ソフトバンク-オリックス(13時試合開始)です。冷静な目を失わないよう心がけながら、みなさんに分かりやすい言葉で解説したいと思います。今シーズンも、よろしくお願いします。
福岡ドンタクズ事務所開き

- 福岡ドンタクズ監督の稲尾は、球団事務所を見渡しながら和田コーチと談笑する
3月22日
マスターズリーグ福岡ドンタクズが、球団事務所を福岡市に構えました。この日はコーチ、選手らも集まって事務所開きでした。事務所を開いたのは、もちろん優勝のため。チーム内の交流や、ファンへの情報発信の拠点を作ることで、より結束力の高いチームにしていくのが狙いです。博多のお祭り「ドンタク」がチーム名の由来(公募でした)です。ファンの声援があればわが軍の選手はどんどん乗っていきます。秋から始まる07~08シーズンでは、お祭りさながらの熱い声援をお願いします。
キャンプ視察

- 稲尾は阪神の宜野座キャンプを訪れ、藤川投手と対面した
2月7日
2月5日から沖縄でキャンプを張る球団を視察しています。こちらは連日20度を軽く超える暖かさで、2月ということを忘れてしまいそうです。今日は阪神の宜野座キャンプを視察しました。私の持っていた日本記録、シーズン登板78試合を05年に塗り替えた藤川球児投手のブルペンに注目しました。藤川投手は力強い豪速球を投げ込んでいました。今年の阪神は井川投手が抜けてリリーフ陣に負担がかかりそうなだけに、藤川投手の登板数や投球回数がさらに多くなるかもしれません。
キャンプ視察

- 日本代表の星野監督と笑顔で握手を交わす稲尾
2月2日
ソフトバンクの宮崎キャンプです。この日は北京五輪・野球の星野仙一日本代表監督も訪れました。私が中日の投手コーチ時代、エースは星野投手でした。五輪でも、現役当時のような闘志あふれる戦いで金メダルを勝ち取ってくれるよう、エールを送りました
マスターズリーグ

- 稲尾は9回今季初登板した
1月27日
マスターズリーグ福岡は、名古屋と今季最終戦を戦い、2-5で敗れました。最終成績は3勝4敗1分けの4位、優勝の名古屋とは2・5ゲーム差でした。また、稲尾はこの試合の9番手として登板し、打者権藤をショートゴロに打ち取りました。
マスターズリーグ06-07シーズンの成績は「鉄腕采配」へ